美智子さまから眞子さまへ、養蚕にかける“熱い想い” 貴重な資料を全文公開

文/宮本タケロウ

宮中の養蚕

明治時代から皇室では養蚕が家内産業として行われているということは当サイトでも何度も報道しました。

参考記事:雅子さま養蚕で“ウワサ”を検証

昭和後期に香淳皇后の体調不良から養蚕のとりやめも検討されたほどですが、平成以降も明治以来の皇后の伝統を受け継ぎ、美智子さまが熱心に取り組まれたことは皆さまもご存じの通りと思います。

上皇后の養蚕への想いは並々ならぬ思いがあり、工業化の波と共に廃れつつある日本の手工業をわが身を以て体現しようとされてきました。

さて、美智子さまの養蚕への想いを象徴するような手紙があることを読者の皆様はご存知でしょうか?

2016年に発刊された『皇后さまとご養蚕』(宮内庁協力、扶桑社)には今から20年以上前に美智子さまから小学生時代の眞子さまへ出した手紙が公開されています。これは学習院初等科3年生の眞子さまが学校から出された宿題「お年寄りの世代が行っていた手仕事について調べよう」について美智子皇后が答えたものです。

今回は、”美智子さまの養蚕への熱い想い”に迫るため、この手紙を公開したいと思います。



眞子ちゃんへ… ばあばより

「眞子ちゃんへ」から始まり、「ばあばより」で終わる手紙の内容はこのような物でした。

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眞子ちゃんへ

 眞子ちゃんは、ばあばがお蚕さんの仕事をする時、よくいっしょに紅葉山のご養蚕所にいきましたね。今はばあばが養蚕のお仕事をしていますが、このお仕事は、眞子ちゃんのおじじ様のひいおばば様の昭憲皇太后様、おばば様の貞明皇后様、そしてお母様で いらっしゃる香淳皇后様と、明治、大正、昭和という三つの時代をとおってばあばにつたえられたお仕事です。

 眞子ちゃんは紅葉山で見たいろいろの道具を覚えているかしら。棚の中の竹であんだ平たい飼育かごをひとつずつ取り出して、その中にいるたくさんの蚕に桑の葉をやりましたね。蚕が大きくなって、桑をたくさん食べるようになって桑をたくさん食べるようになってからは、二階にあるもっと深い、大きな木の枠のようなものの中に移して、こんどは葉のいっぱいついた太い桑のえだを、そのまま蚕の上においてやしないましたね。しばらくすると、見えない下のほうから蚕が葉を食べるよい音が聞こえてきたのをおぼえているでしょう。耳をすませないと聞こえないくらいの小さい音ですが、ばあばは蚕が桑の葉を食べる音がとてもすきです。

 蚕はどうしてか一匹、二匹とはいわず、馬をかぞえるように一頭、二頭と数えることを眞子ちゃんはごぞんじでしたか? あのとき、眞子ちゃんといっしょに給桑をした二かいの部屋には、たしか十二万頭ほどの蚕がいたはずです。眞子ちゃんはもう、万という数字を習いましたか? 少しけんとうのつかない大きな数ですが、たくさんたくさんの蚕があそこにいて、その一つ一つが白や黄色の美しいまゆを作ります。

 きょねんとおととしは眞子ちゃんも自分で飼ったので、蚕が何日かごとに皮をぬいだり、眠ったりしながらだんだん大きくなり、四回目ぐらいの眠りのあと、口から糸を出して自分の体のまわりにまゆを作っていくところを見たでしょう。きょねんはご養蚕所の主任さんが、眞子ちゃんのためにボール紙で小さなまぶしを作って下さったので、蚕が糸をはきはじめたら、すぐにそのまぶしに入れましたね。

 蚕は時が来るとどこででもまゆになりますが、まぶしの中だと安心して、良い形のしっかりとしたまゆを作るようです。まぶしには、いろいろな種類があり、山をならべたような形の、わらやプラスチックのまぶしの中にできたまゆは手でとりだしますが、眞子ちゃんが作っていただいたような回転まぶしの中のまゆは、わくの上において、木でできたくしのような形の道具で上からおして出すのでしたね。さくねんは、ひいおばば様のお喪中で蚕さんのお仕事が一緒にできませんでしたが、おととし眞子ちゃんはこのまゆかきの仕事をずいぶん長い時間てつだって下さり、ばあばは眞子ちゃんはたいそうはたらき者だと思いました。サクッサクッと一回ごとによい音がして、だんだん仕事がリズムにのってきて…また、今年もできましたらお母様と佳子ちゃんとおてつだいにいらして下さい。

 蚕は、始めから今のようであったのではなく、長い長い間に、人がすこしずつ、よい糸がとれるような虫を作り上げてきたものです。まゆのそせんは自然の中に生きており、まゆももっとザクザクとした目のあらいものだったでしょう。人間は生き物を作ることはできませんが、野生のものを少しずつ人間の生活の役に立つように変えるくふうをずっと続けてきたのです。野原に住んでいた野生の鳥から、人間が鶏をつくったお話も、きっとそのうちにお父様がしてくださると思います。

 蚕の始まりを教えてくれる「おしらさま」のお話を眞子ちゃんは、もう読んだかしら。ばあばは蚕のことでいつか眞子ちゃんにお見せしたいなと思っている本があります。

 女の方がご自分のことを書いている本で、その中に、四年生くらいのころ、おばあ様の養蚕のお手伝いをしていた時のお話がでてきます。まだ字などが少しむづかしいので、中学生くらいになったらお見せいたしましょう。

 この間、昔のことや家で使っている古い道具についてお話してとおたのまれしていましたのに、暮れとお正月にゆっくりとお会いすることができませんでしたので、思いついたことを書いてお届けいたします。今は蚕さんはおりませんが、もう一度場所や道具をごらんいなるようでしたら、どうぞいらっしゃいませ。たいそう寒いので、スキーに行く時のように温かにしていらっしゃい。

  ごきげんよう

                         ばあば

眞子様

宮内庁『皇后さまとご養蚕』(扶桑社、2016年、66頁―69頁)


初孫を想う美智子さまの慈愛

いかがでしょうか。初孫への愛情が文章の隙間からにじみ出ている文章ではないでしょうか。

小学校で出た簡単な宿題に、ここまでの慈愛を以て答える祖母はなかなかいないのではないかと思います。

常に国民を見守り、寄り添ってこられた美智子さまのそのままの素顔が分かる手紙と言えるでしょう。特に、「ばあばは蚕のことでいつか眞子ちゃんにお見せしたいなと思っている本があります」や最後の「たいそう寒いので、スキーに行く時のように温かにしていらっしゃい」などの文面からは、皇室の家族の中の人間同士の暖かさを感じてしまいますね。

(伊予生糸や養蚕を視察される眞子さま)愛媛新聞より

そして、その中心に明治時代から令和まで5代続く養蚕があるということでしょう。

養蚕は広く女性皇族の間で親しまれ、先日、敬宮さまが御所で飼育されている蚕の写真も宮内庁から公開されました。

昭憲皇太后が始めた養蚕は平成から令和になって、美智子さまから雅子さまに受け継がれ、さらに眞子さまや敬宮さまといった内親王殿下にも親しまれています。

まれに「明治時代に始まった養蚕は皇室の伝統ではない」という言葉も聞かれますが、養蚕に代表される日本の伝統を担うという役割は明治時代よりもずっと以前からの皇室の伝統です。

令和からも末永く続いてほしいですね。

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16 件のコメント

  • 手紙の裏の感情が不快です
    手紙でなくとも伝わることをわざわざ手紙になさる

    あてつけですよね
    ひしひしと伝わります

    眞子さまは初孫とはいえ
    皇室のおばあさまとしてして良いことと悪いことかあるのではないでしょうか
    その証拠を残されてしまいましたね

    • 魚のノドグロは 高級魚で美味しい。
      皇居に巣食っていた腹黒は、醜くとても食えない。 皿を頭に載せる姿がまた薄気味悪い。

  •  自分の孫に(お)をつけるのはどうなのかな。他人が書いたので(お)をつけた?と思ってしまいます。
     こんなに慈しみ愛したお孫さんが、とんでもない方と結婚される事を良く許しましたね

  • この記事をどのように解釈すればいいのか?

    ? ? ?

    まあ確かに初孫への愛情がにじみ出ていますが,筆者に聞きたいですね。養蚕は皇室が担う象徴的神事なのだから,歴代の皇后が手がけていらした。
    ところが自分の心情だけで秋篠一家に見学を許し,触らせた。
    ここで,前皇后陛下の個人的な感情で秩序が一つ変更になりましたね。
    少なくとも当時皇太子家の長子敬宮様を紅葉山に招待した形跡も無いし,敬宮様だったら喜んで伺ったと思いますよ。

    という事はまさかとは思いますが,前皇后陛下はご自分の感情のみでそのような行為をして,そのような誰にでも目のつく出版物に,上記のお手紙を掲載させた?
    う〜ん,養蚕は皇后に代々引き継がれて来たものなので,秋篠宮妃が『自分と悠仁の友達(未来のコーゴー予定者らしい)にも見学させて欲しい』と言ったとか言わないとか?
    噂話は口さがないですからね、まさかとは思いますが?
    結果的にそれが呼び水になってしまいましたね。
    皇后陛下が天皇陛下を伴われて養蚕に向かったのは昭和にも平成にもありました。
    でも今回の件はかなり私的な心情であり,行いです。
    当時の皇太子妃雅子様にも敬宮様にも,何の落ち度もありません。
    え〜?前皇后陛下ともあろう方が?

    • 国民は 薄々 このような悪意の満ちた考えを 気づいていたんですが、ネットが無く 表現できなかったです。
      大変なところですね。皇居は。
      雅子様 愛子様 大変でしたね。



  • 筆者の執筆目的は分かりませんが,この記事を読んで『上皇后様』の『眞子内親王殿下』に寄せる『孫への暖かい思い』と捉えて貰えるか分かりませんね。

    まさかと思いますが,宮内庁が敬宮様の養蚕の写真を公開した事で執筆された?

  • で?何が言いたいの?
    初孫の眞子さんと一緒に蚕を世話しただけ
    将来眞子さんが蚕の世話をすると言いたいのかな?
    皇后でも無い秋家の長女が受け継げるとでも思った?

    蚕の世話は代々皇后陛下になる妃殿下が受け継ぐ物
    いずれ眞子さんは嫁降一宮家の孫に過ぎない
    当時皇太子妃であった雅子様を差し置いて孫にと云う事ですか?
    次男の子を初孫と云うだけで可愛がっていたんですかね(^_^;)

  • 本当に、美智子様の行動が、香淳皇后と違うことがわかりました。

    代々の皇后のお仕事!それを眞子様に?
    愛子内親王殿下に、お見せするのが すじでしょう?

    いくら初孫でも、一宮家のものに?な~にしているのですか?
    これって、元皇后のなされていた事なのですか?
    この頃、アゲアゲ記事ばかり?
    アゲアゲ記事いらないのですけれど?
    上皇様方と秋篠宮家の報道、アゲアゲ記事は、いらないのですけれど?
    どちらからと言えば?愛子内親王殿下の事が知りたいです。

  • この手紙、誰でも孫への想いは有りますので、
    普通ならただの孫に対する愛情のこもったお手紙ですが、

    紀子、眞子、佳子、だけを呼んで 雅子様と愛子様をお呼びする気が無かった
    美智子の行動を鑑みると、

    この手紙の、美智子の眞子に対する愛情が そっくり そのまま裏返して、
    愛子様と雅子様への憎しみに受け取れてしまいます。

    このように書籍として 後々に伝わるものなのに、そう云う事は考えなかったのだろうか?

    美智子が、1から十まで全てに対して、こうして愛子様や雅子様を貶め苦しませてきた罪は重い。



  • あれ、最初に上がった記事から、文面を少し修正されました?
    最初の記事には、美智子さまの手紙に対し「常に国民に寄り添おうとされる上皇后様のお心がどうのこうの」って書いてあったはず。
    読みながら突っ込み入れてたんで覚えてますよ。
    さすがに飛躍しすぎてて、ご自分でもおかしいと気づかれたんですね。

    しかし、この手紙、本に掲載されたのね。
    祖母が孫に出した手紙が、どういう経緯で本に掲載されたのかな?
    誰かが「こういう手紙があるんだけど」と、編集者、この場合は宮内庁も絡んでるから職員かもしれないけど、もらった側か出した側が言わないと、載せようがないはず。
    と考えると、なんだかとってもキモいわ~

  • 眞子さまが頂いたお手紙ですよね、お孫さまに出す手紙写しておら
    れるのですか?人に出す手紙がこのように残されて、、ご養蚕を天皇一家で励まれているということを知ったタイミングで眞子さまへの手紙を発表するとは紀子さんのやりそうなことですか?

  • 前皇后美智子さんは神事をどのように思われていたのでしょうか?代々の皇后陛下の御心を、国豊かであれかしとの祈りを。
    養蚕のご様子を写真集にし、孫への手紙を載せるとは……さすが女優擬きの平成皇后です。恥を知らない自己表現は、秋篠宮妃紀子さんにも通じますね。

  • ありがとうございます❗

    素晴らしいお手紙ですね‼️

    ただ「お見せします」と孫に敬語遣うのが皇室なのですね‼️



  • 一宮家の眞子女王(内親王)に幼少時からまるで自身が天皇か皇后になる立場と誤解させる浅はかな行動だと思います。
    他にもこういったことがたくさんありました。
    こういう思い違いが現在の頑なお姿になってしまわれたのだと思います。
    紀子さんも秋篠宮も天皇ご夫妻を支えるどころか立場を理解せず、逆に足を引っ張る言動や行動の数々をなぜするのか。前皇后美智子さんがそうさせていたことが明らかですね。
    貞明皇后は秩父宮妃や高松宮妃や三笠宮妃や三笠宮家の女王様方をお連れになったことがありますか?
    香淳皇后は美智子さんを差し置いて常陸宮妃をお連れになったことがありますか?
    立場の違う秋篠宮妃が雅子皇后に悠仁さまとお友達を見学させてほしい等と云ったことが記事になっておりましたね。本当に図々しいの一言に尽きますが、やはりこういった美智子さんの浅はかな行動が由来していると思われます。
    皇后陛下は今までも何もおっしゃられませんが、皇室に入られてからずっと傷つかれてきたことが一般人の私でも伝わります。
    ましてやご自身のことだけでなく敬宮様への前皇后のなされように心を痛めてきたことが手に取るようにわかります。

  • ほんといちいち、控えめながら慈愛を示し、皇后として過ごしてきたことをいちいち、何度も言うけどいちいち対外アピールされますね!
    孫に宛てた手紙を、養蚕繋がりとはいえ本に掲載する意味もわかりません。
    ばあばまで正統に、確かに繋がれた電灯をご自分可愛さで変え、伝統を絶やした方の罪深さがここにも表れていますね。
    皇后さまによって紡がれてきた伝統、なぜ眞子さまに?

    初孫であれども、お立場をわきまえるべきことだと思います。ばあばのせいで、勘違いした次男、そして次男の選んだ嫁、その子どもたちみんな分を弁えることをわからないものばかりになりましたね。
    守るべきものはなんでしょう?

  • 本当に美智子上皇の平成時代の振る舞いは罪深いことばかりです、いまでも当時のお付きのかたをへらさずにお世話させていることはまだまだやりたいことがあるのでしょうね、嫌なことは今生殿下にまわしているだけとしか見れない、女帝は健在ですね、

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