女性天皇に反対する人は、どうして「男尊女卑」したがるのか? 島田三郎(衆議院議員)による明治期女帝論

文/小内誠一

嚶鳴社討論

今回は、女帝の可否を議論するための一助として、シリーズで紹介している、1882(明治15)年に行われた女性天皇の是非をめぐる議論、通称「嚶鳴社討論」の一部を書き起こしたい。これは、すでに先に公開した七つの記事に続くものであり、最終回となる。

  1. 明治期の「女帝否定論」を紐解く 島田三郎(衆議院議員)の嚶鳴社討論
  2. 明治期の「女帝容認論」を紐解く 肥塚竜と草間時福の嚶鳴社討論
  3. 明治期「女帝否定論」の不思議 「女の幸せは即位ではない」「女に国事は無理」
  4. 明治期「女帝討論」の奇妙 「男尊女卑は伝統」「悪しき慣例は撤廃すべき」
  5. 明治期「女帝論」は現代に通ず 「男尊女卑は国民の脳髄を支配する」「女性天皇は生涯独身!」
  6. 女性天皇は賤しいのか? 明治期「女帝論」から読み解く
  7. 「愛子さまが天皇ではダメですか?」肥塚竜による明治期「女帝容認論」

最終回(第8回)となる今回は、女帝否定論者のドンともいうべき島田三郎(修銀議員、1852-1923)の最終結論を翻刻していきたい。



要約

翻刻する本文は古い文体の日本語であり読むのが大変である。そこでその内容を要約しておきたい。

  • 女帝容認論をまとめると次の五点にまとめ、それぞれ反論する。
  • 「女帝を立てることは日本の習慣である」について、古代日本は質朴さが装飾(文章)よりまさっているため、確実な記録が残っていない。だから女帝がいたからといって、注意深く検討する必要がある。
  • ❷「女帝が婿を取れば皇位の尊厳が損なれるのに、男帝が嫁をとっても損なわれれないとするのは非論理的である」について、日本は男尊女卑の国であり、その考え方は海外にもある。「内外の権利すべてを夫に帰して、妻はその命令をただ聞く」のが常識。だから女帝は無理。
  • 「女帝の婿が政治に干渉すると杞憂するが、憲法で禁止すればよい」について、男尊女卑の風俗習慣があるのに、男女無差別の立法をすることは妥当ではない。女帝に婿をとれば、婿のほうが偉いと思う人が必ず出てくる。
    また、女より男のほう権力を得ようと欲するのが世の常というものである。ゆえに女帝の婿は危険。だから女帝は無理。
  • 「外国から婿を取ってきて宗教に齟齬があったら困ると言い出すが、議会の承認が必要なようにすればよいし、鎖国すればよい」について、議会の承認以前に、そもそも外国から婿を見つけるなど国民感情に不可能だ。
  • 「女帝は国内から婿を取るようにすればよい」については、婿を国内に求めるにしても、臣下から得るのは“男尊女卑”の風習がある以上、皇族の中から選ばなければいけない。しかしそんな自由のない結婚を強いるのは不幸だ。云々。

などなどである。いずれの議論も現代に通じるものである。しかしここで思い出されるのは『万世一系の研究』(岩波書店)を著わした奥平康弘が指定するように、「島田およびかれに同調する賛成論者(女帝否定論者)の議論には、見え隠れしながら、しかしきわめて決定的に、セクスィスト(性差別者)の立場が遍在している」ということは明確に確認できるだろう。

現代でも女性天皇(愛子天皇)の容認をめぐって、保守派は激しい反対と抗議運動を続けている。かれれの言動にも、島田三郎と同じ考え方のベクトルが偏在しているのである。

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島田三郎の「女帝否定論」

女帝容認論の要約

島田三郎氏目、肥塚・草間・青木の諸論者が主張する所、立言の体、各々同じからずと云ふと雖、左の大要に出ざるが如し。

曰く、女帝を立るは我国の慣習なり、今に及んで之を廃するは不可なり。

曰く、我国中古以来皇后・皇妃は多く藤原氏より出たり。是れ人臣を至尊に配したるなり。而して其尊厳を損じたることあるなし。男女固(もと)と尊卑の別あるべからず。男子にして女帝に近侍すれば尊厳を害し、女子が男帝に配侍したりしは尊厳を損ぜずと云は、理の通ぜざる者なり。

曰く、皇婿が女帝を動かし奉りて間接に政事上に威勢を現ずるを憂ふるは、過慮の杷憂なり。若し此事を憂へば、皇帝が親から憲法を公然と破壊することあらんも知る可らず。且皇婿は政治に容喙す可らずと云ふ言を公然憲法に明掲する以上は、此憂ある可らず。此条ありても尚ほ干渉するは、是れ憲法ありて憲法の実なきの憂にして、女帝を立るの憂にあらざるなりと。

曰、宗教の事は憂ふるに足らず。皇帝の結婚は議院の承諾を経るを以て、海外立憲園の慣例とす。我国も此の如くせば可なり。又外国の皇族と結婚し玉ふが為めに紛議を起さんことを患へば、鎖港壌夷を為すを以て奥の手と為るに至らん。

曰、女帝陛下は多分皇族中に配偶を求めらるるならん。故に内国に於ても皇婿を得る、其人に乏からずと。諸論者の弁論数百言の長きに渉るも、要するに此範囲の外に出ず。此他、波多野論者の反対ありと雄、沼間論者の之を弁ずる所にて尽たりと信ずるを以て、我は前に列挙せる諸点に就て逐一之を反撃すべし。



❶女帝を立てる慣習はあるが、日本の記紀や史書は不明な記述が多いので、注意深くなるべきである。

第一に女帝を立るの慣習我国にありて之を不可なりと云ふは、是古代の所調女帝と現時立憲国に行はる女帝在位とは、名を同ふして実を異にする者たるを知らざるなり。此事や発論の初めに於て之を歴代の事蹟に徴して論弁したるのみならず、賛成者の一人たる沼間論者も亦之に論及したるを以て、其義略(ほぼ)明かなるべし。然りと雄も、予は反対論者をして反省自悟せしめんか、更に一言せんとする者あり。

申すも憚り多きことながら、我国の上世は質文に勝ちたるが為めに、載籍備はらず、中世以後は文字浮図の手に落たるが為めに名分明ならず。是等の為めに歴代帝王の中にも、御即位の真仮分明ならざるありて、女帝在位の如きも亦此の不明中に在るものの如し。水鏡の一書の如きは、後世帝統を論ずる者の依拠する所なれども、神功皇后を以て皇位に列し、飯豊青尊も亦天皇の号あり。神皇正統紀は飯豊青尊を歴世の中に入ずと雖、神功皇后は則ち之を即真とせり。論者にして日本史撰述の前に生れて、此等の事を一見せば、我国の女帝は推古に初まらずとや申さんか。然りと雄、是れ当時の状態を深く察せずして論を立ると云はざるを得ず。夫の推古以後の女帝も女帝の称号あり、真位に列し玉へるの一事あればとて、之を慣例なりとして、今日の事を論ずべきに非ざるなり。

上世は質文に勝ちたる~:質朴さが装飾(文章)よりまさっているため、記録が備わらないこと。
浮図:仏教。
水鏡:歴史物語。1195年頃の成立か。神武天皇から仁明天皇までの歴代天皇の行状を仮名文で記した史書。



❷男尊女卑はわが国だけでなく、海外にもある。「内外の権利すべてを夫に帰して、妻はその命令をただ聞く」のが常識。

第二、男女固(も)と尊卑なし云々との説は、是れ政治の通理を解せざる者の言のみ。政治は人を治むるの具なれば、人情により時宜を制するを要す。夫れ道理の眼より見れば、男女尊卑なき位のことは、論者の言を挨ずして予も亦之を知れり。唯一般人民の情は、男を尊み女を卑むの気風あり。欧洲諸国に於ても女子未だ政権に参せざるを見れば、此事独り我東方の国のみならざるなり。見ょ、我国今日の状態を見よ。男子にして妻妾を畜ふるも、社会未だ甚しき侮蔑を此人に加へず。女子にして数男を見れば、社会は如何なる眼を以て之を見んとするか。

又見よ、貴賎一般の相続法を見よ、又長女却て次男に位置を譲るにあらずや。又見よ、民間夫妻の関係を見よ。男戸主の妻を迎ふるは勿論、女戸主にして夫を納るるも、一旦結婚するの後は、内外の権一切夫に帰して、妻は其命唯聴に非ずや。

❸-1 男尊女卑の風俗習慣があるのに、男女無差別の立法をすることはオカシイ。女帝に婿をとれば、婿のほうが偉いと思う人が必ず出てくる。

是等の風俗慣習あるにも拘らず、男女無差別と云ふは、政治上の観察に於ては、不可思議の見解と云ふべきなり。人情既に此の如く、現状も亦此の如し。皇婿を出して女帝に配侍せしむるに於て、人民は女帝の上に別に貴者あるが如き思を為すを免るる能はず。是れ予が威厳に害ありと云ふ所以なり。



❸-2 女より男のほう権力を得ようと欲する。ゆえに女帝の婿は危険。

又皇婿が女帝を動かして政治に干渉すと云へるは、皇帝の政治に干渉し玉ふとは大に異なるある者とす。皇帝は憲法に於て政治上適当の権力を有し玉へり。皇帝が憲法の範囲内に在て政権を施行し玉ふは当然なり。

夫の皇婿は政治上の人にあらず、而して暗に女帝の力を借りて政治に干渉す。是れ予が弊害ありと云ふ所以なり。何を以て之を言ふ、権力を得んと欲するるは人の情なり。而して此情、男子は女子より熾(さかん)なり。皇婿量に独り此情なからんや。唯憲之を許さず、故に公然干渉するを得ずと雄、隠然之を行ふに女帝の名を借て其実権を間接に立んとするは、勢の自然なりと云ふべし。

特に男子が女子を制するの慣習ある我国の如きに於ては、此事更に為し易きものあらん。憲法既に皇帝を政治の最上位に置く。是れ皇婿、陽に女帝の意なりと云ふて、陰に其実力を政治上に施さば、憲法之を如何ともする能はざるべきなり。一憲法あらば百患跡を絶っと思考せるは、余りに事情に迂なるの論とや云はん。



❹外国から婿を得る場合、婿の宗教がどうなるのかという問題について、議会の承認以前に、そもそも外国から婿を見つけるなど国民感情に不可能だ。

又宗教の混雑の為めに、意外の葛藤を生ずべしと云へるの一事に至ては、反対論者と雖ども困却せりと見へ、予め議院の承諾を経ることとせば、可否利害固(も)と定まると云ふの意を陳ぜり。予は大に其答弁の不当なるを疑ふなり。請ふ、其故を陳ぜん。皇帝の結婚を議院に問ふは可なり。

然りと雖、我国の現状に於て之を問ふときは、常に不可なりと答へ奉ること多かるべし。然らば外国との結婚は当分は先づ実行せられざるものと思考せざる可らず。然らば論者が熱心に外国と結婚して可なりと主張するも、到底空談に帰せざる可らず。



❺婿を国内に求めるにしても、臣下から得るのは“男尊女卑”の風習がある以上、皇族の中から選ばなければいけない。しかしそんな自由のない結婚を強いるのは不幸だ。云々。

然らば則ち皇婿は之を圏内に求むるの一途あるのみ。臣下にして女帝に近侍するの不可なるは、前段陳述せしが如し。然らば之を皇族中に限らんか、女帝陛下に配し奉るの人は少数有限の族中に求めざる可らずして、女帝陛下の自由を制する大なりと云べきなり。

鳴呼婚姻は人生の大事にして、幸不幸の関する之より甚しきものはあらず。其幸福を全ふせんと欲せば、其意気の投合せるものを撰まざる可らず。圏中の民皆自由の意思を以て之を遂るに、至尊の御身にして却て此自由を制限せられんとす。鳴呼是れ何等の怪事ぞや。



皇族の中に女帝に相応しい男がいるなど空想。また近親婚は避けたほうが良い。

論者は皇族中には女帝陛下の徳に配する人あるべしと云ふ。是れ実に空想のみ。現に我園中古以来皇后・皇妃は皇族より出ざる者多し。豈(あに)皇族中よりは他に此位に充(あつ)るの人多くして、陛下の意に適せる者常に皇族中にあらざりしの証にあらずや。

皇婿を撰むに至ても亦此理に外ならざるべきなり。況んや、同族の婚嫁は学術上の実験に於ても不可なりとするの今日に於ておや。是れ、予が今日の現状に於ては女帝立つ可らずと主張して己ざる所以なり。

「女帝の可否」をめぐる投票

議長高橋正右衛門氏、議既に尽たるを見て、女帝立つべしと思考する者を起立せしむ。総員十六人の中起立するもの八人にして、恰も半数なるを以て、議長の決により、女帝を立つ可らずと云ふの説に決す。(四月四日)

なぜ美智子さまは、愛子さまと“養蚕”しなかったのか? 皇室の亀裂が鮮明に

10 件のコメント

  • 日本国憲法は、「皇位は世襲」と規定し、「男子継承のこと」とは規定していないのです。
    また、「天皇の地位は主権の存ずる日本国民の総意に基づく」と書かれています。
    皇位継承は、国民投票実施してください。
    その時の一政治家の主義主張で決められる問題ではありません。
    今、日本国民の8割以上は、様々な新聞社などの世論調査(産経・毎日・朝日・共同通信・時事通信他多数)で、天皇家の敬宮愛子様を次の天皇として認めているのです。
    憲法に則り、愛子様皇位継承望みます。
    これは慣習法に当たらない、と思います。過去、女性天皇は存在したのです。
    また女性の継承を認めないと、側室制度が廃止された現在、皇室が無くなります。
    たとえ秋篠宮家が継いでも、遅かれ早かれ今と同じ問題が起こってきます。
    第一、もう国民8割にも天皇として認められた方がいらっしゃいます!

  • その時代その時代のコンセンサスもありましょう。時代とともに男女差別はなくなり平等になっております。その時代の人をとやかく責めても無意味でしょう。温故知新ですね。古きをたずねて新しきを知るですね。近い将来には男子天皇が絶えること必定にして私は女子、女系天皇には賛成論者です。天皇は天皇を育てる。愛子内親王様の天皇誕生を期待しているいち国民です。天皇家の弥栄と御健勝をお祈り致しております。

    • 悠仁様もこのままでは嫁探しに苦労されるだろう。それは確かだ。しかし愛子様はどうだろう? もし女系天皇を認めて愛子天皇になったら、その婿は容易に見つかるだろうか? 普通、女性天皇の夫なんて大それた物になりたくないよ! たとえ婿が来ても、小室圭さんみたいな人かもしれないし? もともとみんな、皇室に対して期待しすぎなんじゃないかな? あの人達だって人間なんだから、そんな「目の眩む様な素晴らしいお方」でなくても、良いんじゃないか? だから私は次期天皇は秋篠宮家で良いと思っている。それで良いんじゃないか? 天皇ってものは?

      • 愛子様にはピッタリの方が来てくださいますよ。絢子さんは守谷慧さんと結婚なさいました。天皇陛下は雅子様と結婚なさいました。秋篠宮は紀子様と、上皇は上皇后と。それぞれピッタリではありませんか。

        たいていの結婚相手は相応の人なのです。そうでない場合は離婚になります。ただ皇室の場合は離婚は難しいようですが、長らく別居なさっていた例もあります。

        あの愛くるしく努力家の愛子様にはきっと相応の方がいらっしゃるはずです。スエーデン皇太子にしろエリザベス女王にしろ、お相手はいらっしゃったわけです。なぜ敬宮愛子様に似合ったお相手が現れないだろうと断定できるのでしょうか。

        それよりも難しいのは悠仁さまではないですか。男系男子と言っていたら、皇室に残るのは悠仁さま世代は悠仁さまお一人。妻は絶対に男子を産まなくてはいけない。そして義父は秋篠宮(まだやりやすいかも)と義母は紀子様。この義母は大変そうです。それに小姑が二人も居る。義兄は小室圭になるかもしれない。

        愛子様のお父様お母様はいかにも優しそうで、結婚の支障ではなく、むしろお側で学びたいと思える人達。

        どちらが難しいかと言えば、悠仁さまではないでしょうか。愛子様自身もとても素敵なお人柄に見受けるけれども、悠仁さまは職員の作品らしきものを提出する方なので、人としての魅力は今のところ乏しいです。お姉様方を見ていると、大学入学までに大変貌なさるとは思えないのです。



  • 過去の歴史においても、女性天皇は何人かいらっしゃいました。
    が、生涯独身を通しています。過去、女性天皇がいらっしゃったから、愛子天皇で問題ないというのは認識不足です。古代から連綿と続く歴史をひっくり返す勇気があるのですか。日本の皇室が世界から尊敬されてるのも、この歴史ゆえです。

    • いにしえから続く装束を棄てて洋装を取り入れ、近畿圏の都を棄てて野蛮な武蔵の国に遷都して、江戸城なんて武士の館に住むことにした明治天皇は、連綿と続いてきた歴史を覆したあり得ない天皇というわけですね。今まで無かったことを取り入れた天皇は尊敬されない、と。

      あと、日本が男系で女性天皇を認めないから尊敬されているって、本気で思っているんですか。
      女王の国であるイギリス、デンマーク。次世代(王太子)が女性である、スペイン、オランダ、スウェーデン、ベルギー。次々世代(王太子の次)が女性であるノルウェーなどが、頑なに男系男子を守って、天皇の一人子がいるのに女子だからといってその存在をないものと見なし、天皇の弟や甥が次の世代を嗣ぐと言っている日本を、尊敬していると。

      他国が日本の皇室を尊敬しているとしたら、とりもなおさず今の天皇皇后両陛下のお人柄ゆえですよ。そしてそのような立派な方々の一人子の敬宮さま、ご両親の薫陶を受けた敬宮さまを、女だからという理由で排除するような皇室は世界の軽蔑の的、嘲笑の対象となるのは間違いないですね。

  • 男尊女卑をしたがる人達というのは、女性を踏み台にすることによって、自信を形成してきたのではないでしょうか。
    家長を頂点とする男尊女卑の価値観の家庭で育ち、男というだけで偉いという幻想的な自信を根拠に生きている。
    女性が天皇になったら、自分の足の下にあるはずの女性が、自分の頭上にきてしまう。
    それは、自分の自信を支える踏み台が無くなってしまうということだ。
    怖くてたまらないから、声を張り上げて女性・女系天皇に反対してる。
    でも、国民の8割は女性天皇に賛成しているので、誰かを踏み台にしなくても、自信を喪失することはない。健全で正常な精神だ。
    問題は、一部の脆弱なメンタルな人達だ。
    自信というものは、与えてやれるものではないので、困ったものである。

  • 紀子さまは天皇陛下を支える姿勢がほとんどないように見受けられます。ことあるごとに対抗心をあらわにして天皇家をライバル視した行動に出る。筆頭宮家としては道が違うと思いますが

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