愛子さま即位すれば生涯未婚に? 女性天皇が「生涯独身」の理由

文/宮本タケロウ

女性天皇論

元号が令和となり、現在の天皇陛下の唯一のお子様が女性の愛子さまであることから、大手のメディアでも「女性天皇論」が騒がしく議論されるようになりました。

男女同権の意識から「女性が天皇になれないのはおかしい」という声は国民に多いですが、皇位が史上一貫して男系(父方の血筋で天皇につながる)だったことにより、「女系天皇に繋がる女性天皇は伝統の破壊だ」という反対論も保守派から根強いです。

日本の歴史上には10代8人の女性天皇がいますが、みな未婚、または亡くなった天皇や皇太子の妻でした。

これにより、母親の血筋だけで天皇に繋がる女系天皇は日本の歴史に先例がなく、この不文律をもって保守派は「愛子さまが天皇になっても生涯独身を強いることになる」と主張することが多いです。

史上唯一の女性皇太子、阿倍内親王

仮に愛子さまが天皇になるとしたら、まず皇太子になることになりますが、日本史上女性天皇は8人いますが、女性皇太子はたった一人、奈良時代の阿倍内親王(後の孝謙天皇)しかいませんでした。

「愛子さまを天皇に!」と主張する陣営からよく引き合いに出される阿倍内親王/孝謙天皇。正真正銘の皇太子として天皇になる前提で育った孝謙天皇ですが、生涯独身を貫きました。

このことは、保守派から「女帝は独身を守るのが不文律である証拠だ」とよく言われます。

では、改めて浮かんでくるのが、このような疑問だと思います。

そもそも、女帝は独身を守る不文律がなぜ生まれたのか

今回は、史上唯一の女性皇太子にして古代最後の女性天皇である孝謙天皇を例にこの不文律を考えてみたいと思います。

なぜ、女性天皇は生涯独身なのか

なぜ、孝謙天皇は生涯独身だったのか…

古代史の専門家で女系天皇に賛成の立場の成清弘和氏は『女帝の古代史』でこのような理由を述べます。

  1. 天皇の血統というものは男性を通して受け継がれるものという考え方が既に確立していたと推定される。
  2. 神祇令散斎条古記(養老律令)で妊娠・出産という女性生理が宮廷祭祀に抵触すると観念されていた。

①の点は、すでに孝謙天皇の時代(718-770年)の時点で男系という観念が出来上がっていたということになりますが、これは遣唐使が送られて久しく(初めての遣唐使は631年)、男尊女卑の激しく女帝が存在しない中国、当時の唐の律令を学んだ大宝律令(701年)も成立していたことから説得力があります。

しかし、②の点については疑問もあります。なぜなら、孝謙天皇は21歳で立太子され、32歳で即位をしており、立太子から即位まで約10年もあるので、この間に婚姻・出産することは可能であったろうと思われるからです。

なぜ、阿倍内親王は即位前に結婚しなかったのか

では、なぜ、孝謙天皇は即位前(また立太子前)に結婚しなかったのか…

これについて、2017年に女性史学賞を受賞した『日本古代の女帝と譲位』(遠藤みどり)にはこう書かれます。

孝謙の婚姻をめぐる動きが見られなかったのは、当時の支配者層の政治的判断に基づいた選択の結果だと思われる。つまり、天皇・皇后を含めた当時の支配者層は、女帝とその子による皇統の維持を望まなかったのである。

成清氏の示す第一の理由(筆者注、前述の2点)がその背景として考えられるが、さらに言えば、七〜八世紀の女帝の存在そのものが、皇位の男系継承を前提に出現したものであるから、女系による皇統の維持が望まれるはずもなかったのである。

遠藤みどり『日本古代の女帝と譲位』(塙書房、2015年)

つまり、女性天皇が起点となって皇統が創出されることを当時の社会は容認しなかった。それは政治判断であり、女帝自体が男系継承が前提で生まれた存在だったからである、ということになりますね。

さらに、同書はこう述べます。

当時の貴族社会には父系帰属主義が浸透していたのである。これは皇位だけでなく、皇親や貴族の地位の継承が男系を通じて行われていたことからも窺えるだろう

遠藤みどり『日本古代の女帝と譲位』(塙書房、2015年)

なぜ、女性天皇は生涯独身なのか…

この答えは、繰り返しますが、どうやら先述した以下の理由が正しそうです。

  1. 天皇の血統というものは男性を通して受け継がれるものという考え方が既に確立していたと推定される。
  2. 神祇令散斎条古記(養老律令)で妊娠・出産という女性生理が宮廷祭祀に抵触すると観念されていた。

学者の実証主義と政治的立場

以上、歴史学の研究成果をもとに、女性天皇が生涯独身である理由を見てきました。

これを現在の皇室にあてはめると、愛子さまが天皇になる“女性天皇”は問題ないが、その子供が天皇になる“女系天皇”が皇室の不文律に反するということは、学術的に間違いないと言えそうです。

成清弘和氏も遠藤みどり氏もプロの古代史の学者であり、「女性天皇は生涯独身」という不文律の存在自体を反証することは非常に難しい事だと思います。が、しかし、世の中全てが学術で成り立っているわけではない、ということも事実であろうと思います。

成清弘和氏は、「古代に、皇位は男系で継がれるという考えが不文律として成立していた」と歴史的事実を述べますが、ご存知の方も多いかもしれませんが、成清氏は同時に「男系は古代中国からの影響だから女系容認でも問題ない」と主張する政治的立場でもあります。

あくまで伝統を守るべきか、それとも政治によって伝統を変える挑戦も是とするか。

天皇は日本国の象徴」と憲法に書かれる以上、それは国民が考えなければならない課題ですね。

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1 個のコメント

  • 女性天皇論賛成昔は天皇が代わるだけではなく、悪いことを絶ちきったり、良い事があったりして元号を変えていたのも復活しても良いと思います

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