愛子天皇なら、悠仁さまが皇太子に? かつては「女系天皇が認めらていた」の事実

文/宮本タケロウ

古代は女系容認?

昨今かまびすしい”愛子天皇論”について、「古代は女帝のみならず、女系が容認されていた」とよく言われます。

そうした愛子天皇賛成派の主張の根拠となっているのが「養老継嗣令」の以下の条文です。

凡皇兄弟皇子皆為親王(女帝子亦同)

現代語訳:天皇の兄弟、天皇の子供は皆、親王とせよ。女帝の子もまた同じ

養老継嗣令

この文言をもって、「女性皇族は皇位を継承できるとともに、皇統をも継承できると決まっていた」とされ、古代史家の成清弘和氏などはハッキリとこう述べます。

女帝も男帝と別なく、皇位系継承者の再生産を担当するという面を有していたのであった

成清弘和『女帝小考』

しかし、本当にそうだったのでしょうか。

本当に女系が容認されていたならば、なぜ古代のうちに女系の天皇が誕生しなかったのでしょうか。

今回は、養老継嗣令と女系容認の問題について、国士舘大学の藤森馨教授の論文「継嗣令皇兄弟子条の再検討」(『神社本庁総合研究所紀要』16, 2011) をもとに見て行きたいと思います。

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皇位継承は直系主義

藤森論文はこう述べます。

右条文(継嗣令)を虚心に読むならば、決して皇位の継承を規定した条項とは考えられない。もし皇位継承を規定した条 項であったとすると、皇位継承予定者である皇太子に関する規定が見られないことは、不可解なこととなろう。(中略)

実際の皇位継承は、継嗣令とは関係な く、草壁皇子直系主義が尊重されていた…

藤森馨「継嗣令皇兄弟子条の再検討」『神社本庁総合研究所紀要』、2010年

上記に指摘される”草壁皇子直系主義”とは、天智天皇が改めるまじき常の典と定め賜ひ敷き賜ひた法として定めた”不改常典”の直系の父子継承の原則を言います。

つまり、藤森論文によれば、あくまで養老継嗣令の「凡皇兄弟皇子皆為親王(女帝子亦同)」は皇族の範囲を定めただけであり、実際の皇位の継承は不改常典によって直系主義が定められていた、ということになります。



”女帝の子も親王”で”直系主義”なら女系容認では?

ここまでだけですと、読者の皆様は、

「”女帝の子も親王”であり、なおかつ”直系主義”であれば、女系容認ではないか?」

と思うかもしれません。確かに、草壁皇子の直系を重んじて、草壁から文武(男)⇒聖武(男)⇒孝謙(女)と3代の直系で皇統が継がれたのは直系主義です。

(天智・天武朝の系図)

しかし、問題は孝謙天皇以降です。

聖武天皇と光明皇后の間には成長した男の子はおらず、女性の阿倍内親王/孝謙天皇が皇太子となりました。

”不改常典の直系主義”からすれば、ここで孝謙天皇が誰か男性皇族に結婚し子を作って、直系を絶やさないようにするべきですが、何故かそうはならず、孝謙天皇は独身を貫いたのです。

何故でしょうか。

実は、光明皇后は孝謙天皇の即位に際してこのように語っているのです。

朕が御祖太皇后の御命以て朕に告りたまひしに、岡宮に御宇しし天皇の日継は、かくて絶えなむとす

女子の継ぎには在れども嗣がしめむと宣りたまひて…

天平宝字六年六月庚戌条

どうでしょうか?「かくて絶えなむとす」と書いてあります。

草壁皇子の直系の孝謙天皇がこれからまさに即位するにも関わらず、「皇統が絶えようとしている」と言った、この意義は大きいでしょう。

つまり、”不改常典”も”養老継嗣令”も直系主義ではあるが、女系を容認しない直系主義=男系直系主義”であったということになるのではないでしょうか。



女帝中継ぎ論再考:女帝は男系を維持するための中継ぎか?

藤森論文はこう結論付けます。

天智天皇が立制したといわれる不改常典は男性直系主義を貫徹することを意図していたものであった。すなわち女帝とその子の待遇について規定が見られる継嗣令皇兄弟子条は、皇親の範囲を規定したものに過ぎず、女帝の系統による皇統の継承や、新たな皇系の創出を目途としたものではなかったといえよう。

すなわち、奈良時代の皇室は、不改常典が存在するが故に、中継ぎとしての女帝を立てざるを得なかったのである。

藤森、前掲書

「男系の直系を継がせるために、女帝が中継ぎ的に必要だった」ということですね。

もちろん、単純な「女帝は中継ぎ」論は学会ではすでに否定されていますが、女帝に中継ぎ的な要素が全くなかったというのも間違いになります。藤森論文はその証拠をこう述べます。

このことは、正倉院に所蔵されていた黒作懸侃刀の相伝からも窺知される。藤原光明子が東大寺に献上した物品目録「東大寺献物帳」によれは、草壁皇子の楓刀であった黒作懸佩刀は、(中略)太政大臣藤原不比等が賜り、大行天皇すなわち文武天皇が即位すると、天皇に献上された。

しかし、文武天皇が崩御すると、再び不比等に下賜され、不比等が憂去すると、聖武天皇に献上された、とある。つまり、黒作懸侃刀は男系直系天皇に藤原不比等が介在し、相伝されたのである。中継ぎの女帝には相伝されることはなかった

系図を見て頂ければ分かりますが、文武天皇と聖武天皇の間には元明天皇と元正天皇いう二人の女帝が入ります。

2人の女帝は中継ぎであるがゆえに、草壁皇子のレガリア(黒作懸佩刀)は相承されず、そして、さらに、聖武天皇の直系である孝謙天皇(女性)にも引き渡されず、東大寺に寄贈されたのでした。

当時の人が「女性で皇統は絶える」と考えていた証拠と言えるのではないでしょうか。



現在の皇室に当てはまると…?

以上、古代において、法的には女系容認する余地があった(養老継嗣令)にもかかわらず、運用上はあくまで”男系の直系主義”に基づいて行われてきたことが分かったと思います。

これを現在の皇室に当てはめると、こうなるでしょう。

現在の陛下の直系である愛子さまは天皇に即位するが、愛子天皇の次の天皇は悠仁さま(の子供)である。

古来、「女性で皇統は絶える」とされてきた以上、その他に方法はないと思います。

今のうちに、悠仁さまに内廷の生活に慣れて頂くのも必要かもしれませんね。

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7 件のコメント

  • 刀は男性の持ち物で合ったわけですよね
    他のレガリアはどうだったのでしょう
    他は女性天皇にも継承されていたとすれば
    単なる男女の区別としか思えませんね

  • 古代においても女系を容認する余地があったのなら、敬宮様即位の素晴らしい後押しではないでしょうか。

    古代は現代以上の男尊女卑が常識としてまかり通っていても、それでも男女の性別よりも天皇の血統が重要だったわけですから。

    現代では男尊女卑はあってはならないこととされています。
    古代でさえ容認の余地があったのなら、もう容認一択となってもおかしくはないということですね。

    宮本さん、良い記事をありがとうございます。

  • 相変わらず、何が言いたいのか明確ではない記事ですが、愛子さまが皇太子→天皇になること確定で良いのですね。



  • 皇統といえども、近代の国民意識と離れては存続し得ないのでは。
    現在の天皇の直系が絶えていれば、傍系の跡継ぎも容認するしかないが、
    愛子さまの優れて今上陛下のご薫陶よろしく、国民の敬愛を集めている
    現状を鑑みて、愛子様そのお子様と継いでいかれて何ら問題はない。
    21世紀はヨーロッパも長子相続で本流を堅持。女王の時代に何の不足が
    あろうか。

  • 律令では女系天皇への可能性を認めていたことは確か。ただ跡継ぎの作りやすさからいえば男子が皇位を継いでいくのは致し方ないこと。男子は妻を多く娶るほど跡継ぎを作りやすいし直系相続がやりやすいからね。
    あと女帝や女系天皇が慣例化すると有力者が天皇の「母方の」親族になれないから権力を握りにくくなるという理由もあるでしょう。「父方の」親族では血縁の証明ができないため、権力の正当性が危うくなる。

  • 愛子天皇の皇太子になれるのは、愛子天皇の子以外ないんですよ。
    「皇嗣たる皇子を皇太子とし」なんですから。愛子天皇にお子様が居なかったら、悠仁さまかその御子が嗣ぐという事態もあり得るかもしれないですが、愛子天皇の御子ではないので、皇太子ではないですね。せいぜい皇嗣さまってやつじゃないですか?

    しかし、唐(ガチガチの家父長制、男系主義)を手本に律令制が根付いて以降、女系が認められていないって言われてもね。だって男系主義の中国を金科玉条に真似ている時期だから、女系じゃダメだって思っちゃったんじゃない?ってだけのこと。

    今は家父長制は昔のこと、命に男女の差を区別しない時代。男子でも女子でも天皇の子。男性でも女性でも天皇。ならば男系も女系もないの当たり前じゃん。
    愛子天皇の御子が皇太子、ですよ。愛子天皇に御子がある限り、悠仁さまはお呼びじゃないの。

  • 大昔の話しを持ち出してきて検証し、現代に当てはめるようとしていますが、意味がありません。
    価値観も生活様式も人の考え方も全く変わっています。
    これからの皇室をどうするのか、国民は皇室に何を期待しているのか。
    平安を願い、祭事をやれば、それで良いのでしょうか? 
    少なくとも、国民から愛され、尊敬される人間である事が最低条件です。
    子は親の背中を見て育ちます。
    それは、天皇家と秋篠宮家を見れば
    一目瞭然です。
    男女に関わらず、長子を皇太子とすべきです。
    現代社会で男女平等でない国は、世界的にも先進国と認知されませんよ。
     

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