美智子さま「聖書事件」と「土下座謝罪」 否定しがたい“噂”の真相

文/佐藤公子

美智子さま聖書事件とは?

昭和36年(1961年)の春から夏にかけて起きたとされる「聖書事件」。その存在はよく知られるが、実際に何が起こったのかについては諸説が乱立している。この記事では、当事者たちの証言を追って、その実像に迫っていきたい。結論としては「当時、宮中で聖書をめぐり重大な揉め事がった」ことは間違いない――という所まで行きついた。

この「聖書事件」のはじまりは、上皇陛下の弟・正仁親王(当時、義宮。現、常陸宮殿下)が某侍従の影響からキリスト教への信仰を深められ、そこに美智子さまの名前があがったこと。昭和天皇がそれを耳にはさみ、美智子さまを呼び寄せ激怒したことだ。過去の週刊誌には次のような下りがある。

「常陸宮(当時・義宮)は少年の頃からキリスト教に大変な関心を持っておられたんです。ある侍従の影響だったんですが、一時期は実質的な信仰者ともいえる状態だった。それが当時の天皇に知れて逆鱗にふれたんです。

常陸宮は身近の侍従をかばおうとして、つい美智子妃の名前を出したらしい。彼女なら身内だし、聖心の出身だからキリスト教についての話を聞いたといっても不自然ではないと思ったんですね」(元・宮内記者)

(中略)

ともあれ、この一件は後に常陸宮の侍従の解任で落着した。

『週刊文春』1989年4月20日号

事の発端になり後に責任を取り解任された「ある侍従」とは誰か? 1987年に出版された河原敏明『美智子妃』では「M侍従」とイニシャル表記されているが、これは村井長正(1915-1997)のことである。河原は実際に村井にインタビューを試み、「陛下(昭和天皇)は温かいお方だから、辞めずにつづけて構わぬ、ともおっしゃって下さったが、私は責任をとったわけです」との証言を得ているが、当時はまだ当事者が存命であったため実名を伏せイニシャルにしたようだ。

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村井長正侍従と橋本明氏の電話

義宮(常陸宮殿下)がキリスト教に関心を持ったのには、お付きの侍従・村井長正の影響が大きかったことは疑いようがない。これはその後の報道でも一貫している。

ところでこの「聖書事件」の仔細を知る一次資料が2007年に公開された。上皇陛下の御学友・橋本明氏(ジャーナリスト、1933-2017)の著書『美智子さまの恋文』(新潮社)だ。当時、共同通信社に務めていた橋本氏は、村井侍従と「聖書事件」について次のように電話で語りあったという(この電話は昭和36年10月6日の午後3時から5時10分にあったとされる)

村井 今年(昭和36年)の春だった。ここの義宮さまが不用意な発言をされてからのこと。

橋本 奥ですか。(村井うなずく)

村井 全くまずい発言だった。あのとき以来、波乱が増大して、おかしなことになったんだよ。それが、義宮の婚約にも大きく響いちゃってね。

橋本 どのような内容だったのですか。

村井 義宮が「キリスト教を信仰している」と言われた。そのために東宮妃がてひどい立場に追いつめられて。兄弟の宮の対立が激化するし、ことば尻を掴まえて陛下を焚き付ける者が出るし。

橋本 そのとき義宮はなんとおっしゃったんですか。なぜ、東宮妃が。

村井 「私は美智子妃もキリスト教に深い理解があるので、尊敬している」というふうに。

橋本 それが、どうして問題になるのだろう。美智子さんとしても覚悟していらしたはずなのに。

村井 そう、覚悟はしていた。しかし、可哀相ですよ。どうにもなるものではない。皇室と国民の架け橋という大義名分に対する強力なトリデ。それは皇室の古くからの伝統であったわけ。東宮妃も皇室に入られた以上、あらゆる面でなじまなければならなかった。ただでさえ大変な苦労なのだ。それが、義宮の発言で、両陛下は東宮妃が謀反するかのように受け取られた。許し難い態度と決めつけられた。皇太子が、同妃を猛烈に苦しめることになった弟の不用意さに立腹しないはずはない。事実、大変な確執となった。

橋本 それはまずい。たしか選考の大方針として義宮妃は東宮妃とウマの合う人。兄弟仲を緊密にする必要を強調していたと思うが、肝心の二人がさらにここで激突するというのは味方の分裂を意味する。皇室会議であれだけ慎重に美智子さんは洗礼を受けておらず、キリスト教の影響が無いことを認めさせたのに、まるで苦労が水の泡ではないですか。

村井 ご文庫(両陛下のお住まい)で団楽があった。東宮さまはお二人ともいらっしゃらなかった。陛下が「義坊ちゃん、そろそろ結婚する年頃だけれども、どういう女性をお嫁にほしいの」と問われた。宮さまは「お姉さまみたいな女性がいい」と答えた。さらに陛下が「お姉さまのような人とはどういう女性なの」と重ねてお訊ねになった。殿下は「共に聖書を読める人」と確信をこめて説明した。そして月に一回、矢内原忠雄家から「嘉信」が送られてくると一冊を参内されてきたお姉さまに渡し、二人が同時に読んでいるとニコニコとおっしゃった。

橋本 ウブな性根は昔のままですね、配慮が足らない。妃殿下はきっと窮地に追い詰められたにちがいない。

村井 山内完子を推しているグループが義宮のことば尻をとらえて、両陛下を焚き付けたのはこの直後だった。山内が有力株になったことは否めない。だが、本質は皇室にも世代対立というかジェネレーション・ギャップがようやくやってきたということなのだよ。世代の相違というか、単なる親子の対立のために、そこまで押し切られたら、大変な問題になるよ。義宮は確かに不用意だったが、彼のことば尻を掴まえたのは山内を推しているグループと同じメンバーだからです。

橋本 東宮妃はそれでどういう目に合ったのですか。

村井 両陛下に呼び付けられて、散々痛めつけられた。そして、ついに屈服させられた。「私はもう一切、キリストについては言わない。義宮が言われたことは事実でした」と告白された。新しい皇室という意味で、皇太子が美智子妃擁護の姿勢をすぐ打ち出されたのはむしろ当然。
 しかし、困ったことをしてくれたということで、義宮をにがにがしく思っている。私たちが心を痛めたのはただでさえ仲の悪かった二人(の関係)が益々悪化したということ。それを義宮の結婚問題および新たな波紋で余計明らかになった反対派の政治的意図と睨み合わせて考えると、手痛い打撃なんです。

橋本 両陛下のこれに対するご措置は。

村井 義宮をこの夏那須の御用邸に呼び付けて、手ひどく、またネチネチとやっつけたらしい。ところが義宮は「決して撤回しない」と、いまでも頑張り通している。その態度を見て、皇太子は感じたらしい。義宮は身体が弱かったから信仰をもったのも自然であろうと考えるようになり、九月二十三日那須から帰って以来既に四回も、ときには午前一時まで弟と話し込んでいる。



美智子さまの土下座謝罪

先に紹介した橋本明氏と村井長正侍従のやりとりは、「聖書事件」に関するほぼ唯一の一次資料だ。このやりとりと似たエピソードは古い雑誌の中にも確認される。

中村菊男 常陸宮が洗礼を受けられたというのはほんとうですか。

藤島泰輔 それはうそです。ただ、その危険性があったことは確かです。(中略)

たまたま常陸宮さんが両陛下と食事をされたときに、美智子さんがはいってきてくれたおかげで、私はキリスト教の話ができるようになって非常にうれしいというようなことを(中略)つるっと言っちゃったらしいんです。そうしたら天皇陛下は激怒されて、そこに美智子さんをお呼びつけになって、二度とふたたび皇室の中でキリスト教の話をしないでくれと言われた。

黛敏郎 そういう天皇にはほんとに長く生きていただきたいですね。

「皇太子“明仁親王”」『流動』1971年10月号

ここでの情報源となっている藤島泰輔氏は、小学校から大学まで一貫して学習院に通い、上皇陛下の友人であった人物だ。後に、美智子さまが「昭和天皇に土下座謝罪した」と書き立てられるようになった。

『お姉さまとキリスト教のお話ができて楽しい。いろいろ教えられた』何気なく義宮がもらした一言が、恐らく美智子妃に反感を持っていた人たちを通してだろう、天皇の耳に入った。

天皇の怒りはすさまじかった。すぐに美智子妃が御所に呼ばれた。天皇家は神道を守っていかねばならぬ立場である。そのぐらいの事は当然、心得ているはずだ。それがキリスト教に心酔するとは何事か。周りにいた女官や侍従が震え上るほどの激しいお怒りだった。

美智子妃は絨毯の上にひれ伏して謝ったが、天皇のお怒りは容易に静まらなかったという。

『文藝春秋』1987年1月号

しかし、この「美智子さまの土下座謝罪」はどうやら正確な情報ではないらしい。

渡辺みどり(皇室ジャーナリスト)は、『美智子皇后の「いのちの旅」』(文藝春秋)のなかで、聖書事件そのものは認めているが、土下座謝罪については「そんな事実はない」と述べている。元宮内庁職員の浜尾実も、土下座謝罪については「神話」と一蹴している(『皇后 美智子さま』小学館)。



叱正そのものがなかった?

また、「昭和天皇からの叱正はなかった」という立場もある。たとえば、歴史教科書をつくる会(通称、つくる会)の副会長を務めていた工藤美代子だ。工藤は、美智子さまを最大限擁護し、この聖書事件を「極めて非礼な流言飛語」と断じている。その工藤が根拠とするのは、事件の18年後に鈴木菊男東宮大夫が寄せた次の一文だ。

それにつけても、もう十数年も前のことになろうか。『陛下が妃殿下のことで激怒なさり、即刻呼びつけてお叱り云々』の噂が流され、その後何年にもわたりいくつかの紙面に取り上げられたことに関し一言したい。事実のないこの記事は、他の事とは違い、陛下の御名を引き合いに出してあったため、妃殿下には十余年もの間随分お悲しい思いをなさらねばならなかった。

私の退任後、またしてもその記事の引用(注:『昭和日本史』別巻「皇室の半世紀」)が行われたが、それがこの度は陛下のお目にとまったのであろう。後日、侍従職を通じ、『このようなことは、事実がないばかりでなく、心に思ったことさえなかった』と深いおいたわりに満ちたお言伝てが東宮職に届けられたと聞く。このようなことも含め、お心を痛められることも多かったであろう(後略)

『皇太子殿下皇太子妃殿下御結婚二十年』中日新聞、1979

この鈴木菊男東宮大夫の寄稿文が、宮内庁の「公式見解」として受け継がれる。平成になり公開・刊行された宮内庁編『昭和天皇実録』にも、先の寄稿文をそのまま踏襲した記述が確認される。

(昭和53年)三月十一日 この日、侍従長入江相政は東宮大夫安嶋弥と面談し、皇太子妃の「クリスチャン問題」について話をする。このことについては、昭和三十年代後半頃、正仁親王がキリスト教に興味を持ったのは皇太子妃の影響であると聞かれた天皇が同妃に対し皇室においてキリスト教の話はしないようにと叱責された、と言う噂が立てられ、以後雑誌で何度も取り上げられた。

さらに五十二年十二月、皇室関係の図書(『昭和日本史別巻皇室の半世紀』昭和五十二年十二月刊行)の中で同様の内容が掲載されたため、これを御覧になった天皇は、その後わざわざ侍従を通じて『このようなことは、事実がないばかりでなく、心に思ったことさえなかった』とのお言葉を伝えるよう命じられ、この深いおいたわりに満ちたお言伝てが東宮職に届けられた。また宮内庁から出版元への申し入れにより、同書の改訂版において当該記事が削除される。

『昭和天皇実録』第16巻、東京書籍、2018

ただし工藤も、鈴木寄稿文も、実録も「聖書問題について激怒したことを昭和天皇は否定された」と主張しているものの、いずれも「聖書事件がなかった」とまでは言っていない。この点は重要である。



「聖書事件」の真相は何か?

鈴木菊男東宮大夫の寄稿文は、昭和天皇の在世時に発表されていることから「昭和天皇が激怒した」とうことは事実ではないのだろう。まして「美智子さまが土下座謝罪した」ということもないと考えられる。

また、1961(昭和36)年に橋本明氏に聖書事件を語った村井長正侍従も、1965(昭和40)年の退職時に次のように表現を改めている。

昭和天皇だが、それほどお怒りになったのではない。自分もお叱りをこうむってはいない。宇佐美長官からは『あんまり、やるな』とたしなめられたが。三谷侍従長は怒らなかった。但し三谷さんは『こじれたら私は辞める』と言われた。侍従長が辞めるなら自分も辞職する気持ちになった。辞めようと決意したのは美智子妃に災難がふりかかるのを防げなかったからだ」(橋本明『美智子さまの恋文』新潮社、2007)

しかし、聖書事件そのものは否定していない。すなわち「聖書事件」の真偽問題が散々騒がれながらも、肝心の「義宮と共に美智子さまが聖書に親しまれていた」という点は誰も否定しないのである。よって「聖書事件」はあったとしか言いようがない。それを昭和天皇が軽く苦言を呈したというのが真相に最も近いのではないか。

この問題について元宮内庁職員の小内誠一さんは「美智子さまは会合などで賛美歌を歌われています。クリスチャンの信仰を捨てきれていないのは明白でしょう」と語る。思えば、秋篠宮家の眞子さまと佳子さまもICU(国際基督教大学)に通われ、皇室にキリスト教は思いのほか浸透しているのかもしれない。神道の総本家である天皇家がクリスチャンに転向してしまう日は来るのであろうか?

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22 件のコメント

  • 聖書事件より土下座事件より不思議なのが、

    上皇陛下の御学友・橋本明氏(ジャーナリスト、1933-2017)の著書
    『美智子さまの恋文』(新潮社)

    自分の婚約者が、自分に書いた恋文(ラブレター)を、いくら親友であろうとホイホイ簡単に渡しますか?

    そういうものは、たとえどんなに美しい手紙でも、世界中に自慢したい手紙でも、婚約者と自分だけの宝物にしておくのが、あの世代の「ご清潔で、ご誠実な、ご立派な方で、心からご信頼申し上げる人間」の考えだと思うのですが?

    明仁皇太子も美智子妃(当時)も「橋本明さんに渡して、ぜひとも本に書いてほしいわ! そして日本中に世界中に広めてほしいわ!」と希望したのなら別ですけどね。

    もし私が夫に書いたメールが、夫の友人に転送されて、それが拡散されたら・・・・私なら嫌だわ。
    私それほど自信家でも露出狂でもないので。

    • それ、美智子さまが眞子さまにだされた、例の蚕の手紙にも言えません?
      誰かさんが「こういう手紙を出した(頂いた)んだけど、本に載せてはいかが?」と言わない限り、出版社側は手紙について、知りようがないわけで。
      もはや、ゆくゆくは本に載せるおつもりで書かれたとしか…
      昭和の時代から平成にかけての、膨大なお写真の数々もそうですが、とにかく、すべてにおいてわざとらしく、あざとい感じがします。
      それを、プロフェッショナルと称える方もいらっしゃるんでしょうけど、私はどうも苦手です。

  • 記事としては面白かったですが、途中渡邊みどりさんが出て来て一気に信ぴょう性に欠けるように思え、真相はやぶの中なのかと思いました。

    上皇后が未だにキリスト教を信仰するのは、信者というより未だに忌み嫌っている義両親に対する復讐。日本の皇室の神道など無くなりキリスト教を取り入れ、皇室を壊そうと思われているのでは。長い皇室暮らしで色々とねじ曲がったお考えになられたのは哀れですが、人生とは冷徹でなされた事全てご自身に倍になって戻って来るかと。



  • 『聖書事件』はあった。
    それは誰しも認めているようですが,昭和天皇のお怒りがどの程度のものであったのか?
    昭和52年に『昭和日本史』にこの事件が掲載された為に,当時の陛下が『そのような事件はなかった』とまで言って,当時の皇太子家を庇われたのも一つの事実。
    渡辺みどり,工藤美代子が『美智子妃が土下座謝罪をした』という話を,美智子妃に対する非礼であり,土下座謝罪,聖書事件は無かったとしていますが,どの関係者もそれぞれ見ている相手が違い,渡辺みどり,工藤美代子は美智子妃に無用な傷を付けないようにした,真実かどうかは別にして。
    昭和天皇は『皇太子家』を庇われた,叱正が真実かどうかは別だが,皇室に傷を付けないように。
    忖度と皇室への配慮が事件を有耶無耶にしているが,私は超右派で余り好きではない黛敏郎の反応が,実は一番好きでわかりやすいですね。
    天皇家の役割を考えたら叱正があって然るべき,まして当時の義宮,今の常陸宮様が巻き込まれたのだから。

    ところで文章末尾の【眞子さまと佳子さまもICUに通われ、皇室にキリスト教は思いのほか浸透しているのかもしれない。】
    今時キリスト教の信者になる為にICUに進学する学生がいるでしょうか?
    どの信仰も相手を尊重することを大切にしていると大雑把に解釈していますが、あの家は国民など相手にしていないし,尊重もしていないでしょう❗️
    今日の結論,これが一番確かな現実ですね。

  • 聖書事件なる話は初めて聞きました。
    キリスト教信仰は皇室ではそこまでマズイものなのですか?

    日本の神々や、仏教の仏さま、イエス・キリスト、聖母マリアさまも、
    「私だけを信仰しろ・他の宗教を信じることは許さない」なんて狭量なことは仰らないと思いますが。
    (まぁ、聖書には異教徒を認めない旨の記述はありますが。新興宗教もこの傾向が強いですね。)

    信仰とは一個人のもの、自由なものであり、信教の自由は憲法でも認められています。
    どのようなカミ・仏・神をどれだけ信じようと、個人の自由です。

    あまりこのような狭量な話を皇室や宮内庁がしてしまうのは、いかがなものでしょうか。
    いくら神道の家系とはいえ、内心の心情にまで口を挟むことは許されるのでしょうか。

    昭和天皇については、戦争やGHQとのくだりでキリスト教に忌避感を持っててもおかしくはないですが…

    • 天皇は「神道」のトップと言う記述が散見されますが、神々を祀る家柄に上も下もあるのでしょうか?

      天皇陛下は日々天照大神や日本の神々に祈りを捧げ、国家・国民の安寧を祈ってくれています。
      それはとても尊く、ありがたいことです。

      しかしながら、日本の多くの神社は、もともとはそれぞれの郷土の守護、子孫繁栄、先祖供養等を願って土地の神を祀る、もしくは力のある神社から勧請してきて神社を創建しています。

      その創建理由の多くは天皇家とは関係性がありません。
      (由緒に日本の神話を由来としている神社もありますが)

      そもそもキリスト教や仏教とは違い、日本の神社の神々は教義を語ることはなく、人々を強く導くような存在ではありません。
      「神道」という表現自体が、キリスト教や仏教と比較して分かりやすく表現するために無理矢理造語したのでしょう。
      神道に確固たる教義はありませんので。

      常陸宮さまは幼い頃からお体が弱かったと聞いています。
      しかしながら日本の神々は多くを主張することはありません。
      常陸宮さまがキリスト教という、はっきりとした教義のある、明確に救いの道が示されている宗教に救いを見い出したことを否定することはだれにも出来ません。

      例え親といえど、人間の内心の心情にまで口を挟むべきではなかったでしょう。

      美智子さんについては人間性に問題ありすぎなので、そもそも本当にクリスチャンですか?という認識ですが。

    • 現.上皇后が結婚前にクリスチャンである事を認めていたら、
      結婚出来ませんでした。

      当時、現. 上皇上皇后のご成婚に当たり、問題になったのは平民である事と、
      最後まで問題視されたのは、聖心 出身の為 クリスチャンなのではないかと
      いう事でした。

      現. 上皇が(昭和天皇に灰皿を投げつけ)何としても美智子様と結婚したいと
      言われたので、「洗礼を受けていないからクリスチャンでは無い」
      と いう事で折り合いを付けられ、ご結婚が許された と云ういきさつがありました。

      日本の皇室の務めとして最も重要とされているのは
      国民の安寧と繁栄を祈る宮中祭祀とされていて、それが天皇の務めであるので

      現.上皇后も
      「自分は決してクリスチャンではありません!」
      と いう前提で嫁がれましたので、良し悪しは別として
      それが皇室に嫁ぐ人の決まりで有る事をを承知の上で 嫁がれたので

      昭和天皇陛下 云々では無く、
      それが世界で最も格式が高い言われている日本の皇室の姿なのです。

    • 非常に有名な事件です。義宮が美智子様に聖書について教えて貰われたことが昭和天皇に伝わり、昭和天皇が美智子様に御叱責があったと報道されていました。
      それでも土下座は嘘だろうと思ってましたがね。昭和天皇は人にそんなことをさせる人柄ではないので。

      義宮の真面目な御人柄を考えても、お身体のこともあったのでキリスト教に興味を持たれたのでしょう。神道はそのような悩みにはなかなか答えて貰えるような宗教ではないので。だから美智子様に教えて貰われたのは事実だと思いますよ。

      ただし神道のトップに嫁ぐのに、キリスト教が捨てられないのはキツイでしょうね。なので雅子様の時には、そこまで宗教的バックグラウンドが強くない人という条件がついたのでしょう。

      それにしても津軽華子様は良い配偶者でいらっしゃった。凛とした御覚悟をお持ちでありながら心温かな方。御不自由さをお持ちの義宮(常陸宮)を「華(はな)がお守りいたします」と嫁いでこられた。

      ところで上皇の御学友の橋本明はいかにも軽くて怪しい人物であるのは、当時のビデオを見ても分かる。徳仁天皇に廃太子などと提言する人物。上皇の学習院時代の悪友。

  • 皇室に上がられるのならば、、キリストを捨てるのは、当然です。それが出来ないならば、ご辞退すべきです。一般の結婚でも、嫁ぎ先の宗旨に従います。お若い方の考え方には、付いていげせん。

  • 佐藤さん、大変興味深く記事を視ました。

    『天皇家は神道を守っていかねばならぬ立場である。そのぐらいの事は当然、心得ているはずだ。それが、キリスト教に心酔するとは何事か。』

    全く、知りませんでした。昭和天皇のお気持ちが、良くわかります。大変、困り、悩まれたでしょうね。



  • 私は聖書事件なるものを全く知りませんでしたので、興味深く記事を拝見致しました。
    上皇后様は洗礼を受けておられないので、キリスト教徒ではありません。が、精神的クリスチャンでいらっしゃるのでしょう。心の中の信仰まで、とやかく人に言われる筋合いは全くないと思います。
    でも美智子様は長年に渡って皇室の行事や儀式を大変尊重され、上皇様と共にご立派に務めておられました。皇后のお立場ではそれが当然ですし、神道が無くなれば良いとかキリスト教を皇室に持ち込もうだとか、そんな事は夢にもお考えでないでしょう。

    八百万の神々を信じ、一神教より緩い信仰の在り方の日本人がこの問題で噛み付くのは不思議な気が致します。
    実は私も数十年に渡り精神的クリスチャンでキリスト教との関わりが非常に深かったのですが、結局洗礼は受けずに最終的には神道を選びましたので、上皇后様と同じ立場です。今でもキリスト教や聖書には深い思い入れがありますが、ご先祖のお祀り、日々向き合う神様は神道の神様なので、憚りながら上皇后様のお気持ちも少しは分かるような気がいたします。

    • 平民が精神的にクリスチャンでありつつ、単に神道を宗旨とする家庭に嫁ぐのと、日本の神道を司る最高峰の神事の家に嫁ぐのでは、レベルの違う話ではないでしょうか。
      美智子様御本人は折り合いをつけるのに苦しまれたと思いますよ。そしてそれを義弟に広めるなと家長であり当時の神道のトップである天皇が注意されるのは当然のことではないでしょうか。

      私の知り合いですが、禅宗のお寺に嫁ぎながら結婚後にエホバの証人の宗教に入られた嫁を持つお姑さんは、とても苦悩しておられました。厳しい規律を持つ禅宗であるが故に、お嫁さんもエホバの人達に救いを求めたのかもしれませんが。

      美智子様は幼児洗礼を受けていたのではと言われています。また御家庭がクリスチャンでそもそも神父の紹介で、クリスチャンだった小泉信三に繋がりました。出会いからして宗教絡みでした。マリアベールを被った成婚前の美智子様の写真もあります。皇族達が美智子様に反対したのも宗教もあったかもしれません。しかし上皇が、親に灰皿まで投げつけて結婚の意思を通されたわけです。いかにも上皇らしいエピソードです。

      なお神事の簡素化に美智子様は一役買われたという話も有名です。お身体を清めるのに冷水ではなく温水に変えられたとか。神事の現代化かもしれませんが。即位礼の美智子様によるランウェイ化も、今上天皇は元に戻されたそうです。国を護る神事を大切にされようとする今上のお心の反映ではないかと感じています。

      大嘗祭に反対声明を出す国際基督教大に進んだ眞子様を可愛がる美智子様。一方、愛子様は今上と同じく学習院大学に進まれ国文学を学ぶおつもりだとか。やはり弟の秋篠宮家ではなく正統派の今上天皇のお子様が、跡目を継ぐべきではないかと思います。

  • リアルタイムでそのときの出来事を知っているor見たり聞いたりしたことのある人が今や少なくなってきているから10年後20年後には有耶無耶になっているのではないのでは?
    (渡辺みどり婆みたいな高輪シンパの方々は・・・通常運転ですが)
    どこかのコメントにも書き込みがありましたけど、極右で有名だった(三島由紀夫とも親交のあった)作曲家の黛敏郎氏のご発言が、最もらしい意見なのではないかと自分も感じました。
    (氏が存命であれば今の皇室のゴタゴタ、グダグダっぷりを見て何を思われたんでしょうね? 安倍総理と近い右寄り思想を持った存命中の某作曲家とは音楽性、思想信条全ての面でソリが合わなかったでしょうかね?)

  • 宗教の自由は憲法で認められていますし誰でも心の支えとされていてもいいと思います、またそれを他人に強制するものでもないとおもってます、宗教によって平等の思想もあり、すべてのものに神が宿っているという思想もあるのもキリスト教、神道、仏教など各々違う宗教家が言われていることです、これが良くてあれが悪いというのであれば自由はないですよね、

    • たびたびの言及済みません。どの宗教が上だとかと言うつもりは全くありません。
      ただ神道のトップとして最長の歴史を持つ一家に嫁ぐのに、キリスト教を心の支えとする人間が、そのトップの妻となることが確実なのは厳しいものがあったと思います。

      それだけは仕方のない事実でしょう。秘密の礼拝室を持つと言われる美智子様。秘密にせざるを得ない隠れキリシタンとして、さぞ苦しまれたことでしょう。お気の毒なことでした。そこまでして上皇と御夫婦になりたかったのだとしか考えられません。だからこそ秋篠宮の紀子様への気持ちを許せたり、眞子様の小室圭への気持ちを許せるのかもしれませんね。恋はこの世の何よりも大切なものとして。国民としては春画の母親や、怪しいポーズの小室圭はなかなか皇族の親族としては受け入れ難いですが。



  • 皇室にとってこれほど重いキリスト教問題が、なぜ孫をICUに行かせるという判断につながるのか。

    逆にこれがあったから自分の代で許した、とさえ思えてしまう。

  • 信仰の自由と,新道の大元の家,その後継者の元に嫁ぐという事は並び立たないと思う。

    心の中で密かに信仰するなら話は別ですが,それを外に出してしまい,家長である昭和天皇が叱正されたなら,迷惑をかけたと詫びるのは当然の事。
    『信仰の自由』と『けじめ』が同居していなかった事が問題で,そのダラシのなさが秋篠一家に見事に結実してしまっている。

    平成は『けじめ』が崩れた30 年,老いた上皇様にも是非振り返ってほしい事柄である。

  • >お姉さまみたいな人がいい

    そのシナリオから怪しいでしょ

    実のお姉さま達ならまだしも何で義姉に憧れるんですか?

    明らかにタイプが違うでしょ
    正田美智子と津軽華子嬢では

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