皇位の男系主義は「中国の影響」なのか?

文/宮本タケロウ

男系継承は中国の模倣か?

愛子さまか、悠仁さまか――。皇位継承問題をめぐり、世論を二分化しかねない状況が続いています。女性天皇・女系天皇を容認しても良いのではないかという声が日増しに高まっており、男女平等が当たり前になった世の中で「皇統は男系男子に限る」とするという皇室典範を維持することに、国民の指示は集まらないのは必然かもしれません。

歴史書を振り返ると、日本の皇統が史上一貫して男系で行われてきたことは事実ですが、これに関して、一つの主張があります。

それは、

  • 皇位が男系で継承されたのは古代中国の儒教の模倣に過ぎない。
  • その証拠に中国の律令が入る前の古代には女性天皇が多くいた。

というものです。このような「中国の模倣」という主張は主に女系容認派からなされるものであり、「男系継承は中国の模倣だから、女系を容認しても問題ない」とよく言われます。

今回は、この「男系継承は中国の模倣」論について考えてみたいと思います。

「男系は中国の模倣」論も一理ある

まず、古代の日本は漢字や律令、元号など中国の様々な制度を移入して国家を作り上げたことを考えると、確かに「男系継承は中国の模倣」という理屈も一理あるでしょう。

特に江戸時代は幕府が儒教(朱子学)を国政の根幹に据えたため、男尊女卑が強い儒教的な家族観念の影響が強く、江戸時代の家系図には女性は「女」としか表記されない例も数多くありました。

「万世一系の皇統」という言葉も、そうした男尊女卑の強い江戸時代の末期に誕生した言葉ですし、また、現行の「男系男子による皇位継承」と規定されている皇室典範を定めたのは熊本藩士の井上毅で、井上毅が儒学を社会の統治規範として学んだことはよく知られています。

熊本藩士時代の井上毅は、儒教を始め古典や荻生徂徠・佐藤一斎など日本の他学派を取り入れ読書・註釈など勉強に明け暮れ、儒教でも特に朱子学を学び尽くし、学祖朱熹など中国の学者達の故事を引き合いに出し、朱子学をただ記録するだけでなく、空理空論の部分を批判し実践的な学問(実学)を重視して現実政治に生かすことを目標に勉強に取り組んだ。

坂井雄吉著 『井上毅と明治国家』(東京大学出版会)より抜粋

儒教の社会規範「異姓不養」とは?

そして、儒教による社会は男系の血筋で継がれる「姓」によって規範付けされます。

儒教では「異姓不養」という規範があり、これは、異なる男系血族を養子にして跡を継がせることをタブーとするものです。

異姓不養の規範は、父子関係の連鎖による血の永続の観念に発している。血筋は父から男子へと伝わる者であり、血筋こそが生命の本源と考えられ、「気」という言葉で表現される。男性の「気」が「形」となって女性の体内に入って新たな生命が誕生するのであるが、その生命の本性は父から受け継いだ「気」によって定まり、父系の血を引く男子がいる限り、生命の本源たる「気」は未来永劫に流れていく

このような生命観からすれば、先祖を祭祀する資格は必然的に同一の血=「気」を受けた男子のみが持つことになり、実男子がいない場合の養子も同姓の父系血縁に連なる男子でなければならず、その血縁にない異姓の男子を養子にすることは禁じられたわけである。

大藤修『日本人の姓・苗字・名前』吉川弘文館、10頁

いかがでしょう? 

儒教の「異姓不養(異姓を養子にしない)」の規範は皇統の男系継承にそっくりと言えないでしょうか?

このような儒教的規範を当然の価値観として学んでいた幕末明治の人たちが「男系男子絶対主義」ともいえる「万世一系の皇統」という言葉を編み出したのもさもありなんと言えるでしょう。

こうしたことを考えると、「男系継承を至上の価値観とするのは古代中国(儒教)の模倣」ということは言えるかもしれません。

しかし、だからといって、「皇位の男系継承自体も中国の模倣だ」と言えるかどうかは、微妙なところです。なぜなら、日本の皇室は中国には存在しない2つの要素があったからです。

それは「近親婚」と「女帝」です。

近親婚

日本の皇室は、古代において近親の結婚が非常に多く見られました。例えば、天武天皇の妻は、兄である天智天皇の娘である持続天皇でしたし、天智天皇の父である舒明天皇は、弟の娘である皇極天皇と結婚しました。これは中国では絶対にあり得ないことです。つまり儒教では絶対に禁じているタブーが、皇室では頻繁に行われていたということになります。

そして、これは奈良時代に制定された大宝律令及び養老律令にて法制化されています。

凡そ王、親王を娶き、臣、五世の王を娶くこと聴せ。唯し五世の王は、親王を娶くこと得じ。

現代語訳:諸王は親王と、臣下は五世王と結婚することがきる。ただし、五世王は親王と結婚することはできない。

養老継嗣令

端的に言えば、皇族は4代以内で近親婚をするべきだという規定になります。

女帝

次に女帝についてです。

中国には女性の皇帝(女帝)はかなり例外的な則天武后を除いて一人もいませんが、日本には御周知のとおり、10代8人の女帝がいました。そして、「継嗣令」では女帝の子供も親王とすることが定められていました。

凡皇兄弟皇子、皆為親王。(女帝子亦同)

現代語訳:天皇の兄弟、皇子は、みな親王とすること。(女帝の子もまた同じ)

養老継嗣令

中国ではそもそも「女帝」などありえず、さらに、先述の通り、異姓不養(異姓を養子にしない)が規範であるため、「女帝の子供もまた同じ」などまかり間違ってもあり得ない規定です。

日本独自の男系継承

このように、中国ではありえない「近親婚」と「女帝」が制度化されたのが古代日本の皇室制度であったわけです。こうしたことを考えると、「皇位の男系継承にだけ中国の儒教の影響が入った」というのは少々論理がとおらないことになってしまいます。

なぜ、皇位継承が史上一貫して男系で行われてきたのか。

これまでの議論を踏まえると、「日本には日本独自の男系継承の価値観があった」とするのが無難ではないでしょうか。

そもそも、男系のみを血筋として考えるのは中国の専売特許でもなんでもありません。血筋を男系とみなすのはヨーロッパ世界もイスラーム世界も、古代ユダヤ世界でも、男系は世界共通の価値観です。イエス・キリストはダビデ王から27代目の男系子孫で、アブラハムから数えると40代目の男系子孫になります。

以上のことをバランスよく考えてみますと、こう言えるでしょう。

男系継承を至上の価値観と考えるのは古代中国の模倣と言えるが、皇位の男系継承自体は中国の模倣ではない

もっとも「中国の模倣だから変えてもいい」ということにはなりませんし、また、「中国の模倣ではないから変えてはいけない」ということにもなりません。

どのような皇位継承が望ましいか、歴史と未来を見据えつつ、国民一人一人が知恵を絞っていくのが望ましいことではないでしょうか。

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