「眞子さま結婚」と「愛子さま即位」を同時に解決する秘策 皇室典範を精読する

文/宮本タケロウ

女性皇族を巡るジレンマ

女性皇族をテーマにして世間でかまびすしい論争があります。

それは、

  1. 愛子さまの天皇即位(女性・女系天皇)
  2. 眞子さま・小室圭さん結婚問題(女性宮家)

の2つの問題です。

①の「愛子さまの天皇即位」については、男女平等の観点から賛成が多いものの、女性の天皇は日本史上に数多くいたものの、民間人の男性が皇室に婿入りした事例はなく、また女性皇族と民間人夫の子供が皇族となった例も一切ないことから、主に保守派から抵抗があるのも事実です。

仮に愛子さまが天皇になるとしたら、その夫が史上初の皇婿/皇配」となりますが、とすると、その前にまずは女性皇族が結婚後も皇室に残り、その配偶者も皇族となる制度に変更する必要が出てきます。

しかし、御周知の通り、②の「眞子さま・小室圭さん結婚問題」という問題に代表されるように、「眞子さまが結婚するのは自由だが、小室さんが皇族となるのはダメだろう」と保守派のみならず、多くの国民から抵抗があります。

「小室さんはダメで愛子さまの将来の配偶者はOKにすれば?」と考える人もいるかもしれませんが、「○○はダメで△△はOK」という恣意的な制度設計にすることは法制上困難であることから、この女性皇族を巡る二つのジレンマを解決するのは政治的に非常に難しい難題です。

この難しさは「仮に女系天皇・直系長子が容認され、愛子さまが天皇に即位したとして、愛子さまとその配偶者の間に子供が生まれなかったならば」という状況を想像してみると分かりやすいと思います。

その場合、愛子さまと血縁関係で一番近親で、年長なのは眞子さまですので、眞子さまと小室さんとの間のお子様に皇位が継がれるということになるでしょう。

果たしてそれが正解なのでしょうか…

安倍政権は議論を先送りするつもりという噂が流れてきますが、こうした難しいジレンマを考えてみると、確かに先送りにしたいという安倍政権の気持ちも分からなくはありません。

「女性皇族」問題は歴史上どのように解決されたか

こうした「ジレンマが巡る女性皇族の結婚問題」は歴史上、どのように解決されていたのでしょうか。

今回は、宮内庁書陵部編纂の『皇室制度史料』をもとに歴史を紐解きつつ、この「女性皇族の結婚問題」の解決策を提供してみたいと思います。

まず、女性皇族の結婚について、『皇室制度史料』を見てみると、興味深いことがわかりました。

現在は内親王や女王などの女性皇族は民間人と結婚すると皇族ではなくなり(皇籍離脱)、反対に民間人の女性は男性皇族と結婚すると「妃殿下」として皇族となります。

実はこれ、近代以前は正反対だったのです。

江戸時代までの制では、臣家の女子は皇族に嫁した後も皇族の範囲には入らなかったが、その反面、皇族女子は臣家に嫁しても皇族の列を離れることにはならなかった

例えば内親王は降嫁の後も内親王を称し、特に後水尾天皇の皇女級宮が近衛基煕に嫁した後に親王宣下を蒙って常子内親王と称し、また後西天皇の皇女益子内親王を始め、上記の親子内親王の如く、降嫁に際して内親王の宣旨を賜った例もこれを裏付ける。

宮内庁書陵部編纂『皇室制度史料―皇族』274頁

どうでしょう。

近衛家に嫁いだ級宮の場合、それまで単に「級宮」であったのが、臣下と結婚した後に「内親王」の宣下を受けたとなっています。例えていうと、紀宮さまが黒田慶樹さんと結婚して初めて「清子内親王」と宣下されたということになるでしょうか。

稲作と養蚕 天皇と皇后が受け継ぐ「伝統」のありかた

「妃殿下」はいない

また、同『皇室制度史料』にはこうも書かれます。

親王・王の配偶者が皇親の範囲に入るか否かについては、大宝・養老律令に明文はないが、後宮職員令の朝参行立次第の条に、諸王以上が臣家から娶った妻は夫の位次に准じて行立することができないと規定し、延喜式中務省条にも、諸王以上が臣家の女子を娶って妻とした場合は、その妻は夫の品位に准することができないとあるのに徴すれば、親王・王の配偶者は、内親王・女王でない限り、皇親とは認められなかったと推察される。

同上、78頁

現在は男性皇族の民間人配偶者は皆皇族となり、妃殿下となりますが、近代以前は、皇族の妻となっても皇族にはなることはなかったということが分かるかと思います。

これは「『皇族/皇親』とはあくまで天皇の子孫をいうのであって、結婚したからといって天皇の子孫になるわけではない」という考えてみれば至極当然の考えから来ているものと思われます。

これを現代で言うと、紀子さまは単なる「秋篠宮夫人」であり、久子さまも単なる「高円宮夫人」となるでしょう。また、眞子さまも「小室眞子」ではなく、「小室圭氏妻の眞子内親王」となるということです。

外国の例では、イギリスのチャールズ皇太子の妻(カミラ夫人)が”プリンセス・オブ・ウェールズ”ではなく、”コーンウォール公爵夫人”と呼ばれる例が近いと思います。

このように、元々は「結婚したからといって自動的に皇族になるわけではない」というのが本来の皇族の身分の在り方だったわけですが、この伝統的な在り方が正反対に変わったのが、明治の皇室典範でした。

しかし、明治の皇室典範においては、旧制とは逆に皇族の妃はすべて皇族の列に入る一方、皇族女子の臣家に嫁した者は皇族の列を離れると定められ、昭和22年制定の皇室典範にも此の規定が引き継がれた。

同上、274頁

「愛子さま天皇問題」「と眞子さま結婚問題」を同時に解決する秘策

では、ここで、以上に紹介した伝統的な皇族の身分の在り方に「愛子さま天皇問題」「眞子さま結婚問題」を引き寄せて考えてみましょう。

「結婚したからと言って自動的に皇族になるわけではない」という本来の皇族の身分の在り方を鑑みれば、こう言えるでしょう。

  1. 愛子「天皇」が民間人の配偶者と結婚したからといって、配偶者が皇族になる必要はない
  2. 眞子さまが小室さんと結婚したからといって、小室さんが皇族になる必要はない
  3. 眞子さまは降嫁後も「眞子内親王」を名乗ればよい(⇒女性宮家は不要)

③の論点は俗に言う「女性宮家」の問題も解決できると思います。

本人は皇族で配偶者は民間人…となると、「女性宮家」ではなく「女性宮」と呼ぶべきでしょうか。何も「宮家」を作らなくても、結婚後も皇族として公務に従事することは何も問題ないでしょう。

夫婦で身分と姓が別となりますが、それは考え方としては昨今話題の「(選択的)夫婦別姓」と同様と思えばさほど不自然ではありません。

つい数十年前までは結婚後も「内親王」だった

旧皇室典範ではこのような規定もあったそうです。

なお旧典範には、皇族女子は臣籍に降嫁した後も、特旨により内親王・女王の称を保有させることができるとしているが、新典範には此の規定は存しない。

同上、274頁

つい数十年前までは、結婚した後も「内親王」と呼ばれても良かったのですね。

なぜ現行典範でなくなったのでしょうか…不思議です。

日本の皇室の歴史は2600年です。その間に様々な問題がありながらも乗り越えてきました。つまり、皇室の歴史には問題解決のエッセンスが2600年分も詰まっているといっても過言ではありません。

現在の皇室をめぐる諸問題は、まずは歴史を紐解いて解決策を探ることが重要ではないかと思います。

稲作と養蚕 天皇と皇后が受け継ぐ「伝統」のありかた

2 件のコメント

  • 正直、このコロナのことで世の中も日本人も考え方が変わったと感じています。ある意味年齢が若い人ほど、そんなに皇室に関心がなくなっているし、それは一つは未知の危機を経験して、また付き合いながらの恐い生活を強いられている国民にとり、寝言言ってばかりの皇室に嫌気がさしていても無理はありません。こちらは皇室と違い自分で命守るしかないのですから当然です。多分にこうやってある意味皇室がオープンに週刊誌ネタになってしまうことをやらかしてること事態を宮内庁が全く知らんぷりしてることも物語っていると思います。皇室も勝手にしたらよいです。人間ですもの。天皇もしたい方がすれば良いです。誰も気にしません。

  • 愛子様論賛成 眞子さまも佳子さまも自分たちの事を理解してくれる方と一緒になって欲しい お金の事は一日も速く解決してほしい

  • コメントを残す

    メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です